世界は去ってゆく

  • 2018.10.31 Wednesday
  • 21:10

 



世界は常に去ってゆく友人だ。


過去の中にあって、見えるのは後ろ姿だけ。


言い争った経験や笑い合った思い出も、決して無駄にはしたくなくて。


僕の心にあるのは昨日までの今。




世界は常に去ってゆく恋人だ。


彼女は僕を理解してはくれなかった。


僕の心は痛んで、多少腹も立てている。


こうなることはわかっていたんだ、物心ついた時からずっと。


誰も悪くなくて、だから辛いんだってことも。




それでもどこかで捨てられずにいる。


彼らがいつか気付いてくれることを。


なんてことのない穏やかな明日を。


秘かな努力が報われることを。



僕にとっては一番難しくて、一番欲しかったもの。


僕以外の人々が当たり前のように見ている何か。


退屈でやかましくて無遠慮で。


だからこそ大切な今という未来。




視線5(桜井)

  • 2018.10.17 Wednesday
  • 19:42



俺はいわゆる、スカウトマンというやつだった。


街を歩く女の子に声をかけ、仕事を紹介させてもらう。

彼女達それぞれのスペックと、こちらの需要との折り合いをつけて。

ときに、無理矢理にでも折り合いをつけさせてもらうこともある。


もちろん手荒な真似はしない。

最初からそんなことをすれば、女の子は逃げて行くだけだ。

彼女達の相談に乗り、どこにも着地することのない悩み事を聞いたり。

場合によれば色恋を織り込みつつ、なんとか機嫌をとることもあった。


俺には変な才能があるようだ。

自分で言うのもなんだけど、見た目はそんなに良いわけでもない。

それでも女の子に好かれる要素は持っていると思う。

髪型や服装の見た目的なもの。

好印象な仕草や話し方。

そういったものを努力のすえ身につけてきた。


しかしまあ、それらは大したことじゃない。

大切なのはとにかく、彼女達の話を聞くことだった。

そうしてその子自身が、こちらに何を求めているかを見定める。

どうも俺はこの察知能力が、生まれつき高いらしい。

俺には彼女達が、『今ここでなんて言って欲しいのか』がわかるのだ。


これを努力で身に付けるのは難しいだろう。

俺は彼女達が好きだ。

好きだからこそ理解したい。この心意気が大切。



その日は、明け方まで女の子ふたりと飲んだ帰りだった。

ふたりのうちひとりは、俺が知り合いの店に紹介した子だ。

さんざ店の愚痴を聞かされ、気がつけば朝も営業している居酒屋で、7時過ぎまで酒を酌み交わしていた。


彼女達と別れたあと、腹が減ったので牛丼を食べた。

駅に向かう途中、ひとりの女の子が目に入る。

いいかげん疲れ、早く帰って眠りたいと思っていた俺を立ち止まらせるほど、彼女は良い商品だった。


顔もスタイルも良いのに加え、彼女は絶妙にダサかったのだ。

つやつやとした黒髪は胸の下辺りまで伸びていて、おそらく半年はカットしていないだろう。

オフホワイトのシャツワンピに、真っ赤なカーデ。

足元はくたびれたピンクのサンダルだった。


(髪とメイクを何とかすれば、Aランクの店も行けるな。)


彼女みたいな子は、俺にとっては1番欲しいタイプだった。

高級ブランドに身を包み、驚くほど男の扱いがたくみな女の子達よりも。


心をつかむことに成功すれば、どこまででも堕ちてくれる。

友達はほとんどいないだろう。

そんなこと辞めなよと、怒りながらでも制止してくれるような女友達なんて。

彼女の寂しさは海よりも深いはずたった。



俺が一歩その子に近づいたとき。

こちらの視界を遮るように、ひとりの若い男が立ちはだかる。

しきりに、彼女に話しかけ始めた。


(こんな朝っぱらからナンパかよ。)


出鼻をくじかれたことで多少苛つきながらも、その様子を少し離れた位置から観察することにした。

特に迷惑そうでもないが、彼女は男を全く相手にしていないように見える。


(この調子じゃ失敗だろ。

めんどくさい状態になってるだろうし、何てかまそうか… 。)


俺がそんなことを考えているとき。

突然だった。

その若い男の頬が、彼女のか細い右手で勢い良くビンタされたのは。




視線4(桐哉)

  • 2018.10.15 Monday
  • 12:45



学校帰り、サークルの後輩とラーメンを食べた帰りだった。

最寄りの駅まで3分の繁華街の道を歩きながら、こないだの女の子のことを思い出す。

実はあれからもう一度、あの子を同じ場所で見かけた。

初めて見たときと同じように、目の前を通り過ぎる人々に笑いかけている姿を。


(あの辺りに立ってたんだよな。)


『あの辺り』に目をやると、そこにはホスト風の若い男が、キャッチの機会でもうかがっているような顔をして立っているのが見えるだけだった。

駅のホームで下りの電車を待ちながら、時間潰しにでもと、後輩に彼女の話をする。


「なにしてるのか気になって見てたんだけどさ。

周りで見かけないタイプだし。

… まあ、世の中いろんな人間がいるよなぁ。」


僕の言葉に、後輩はなぜか含み笑いをし「桐哉さん流石ですね。」と返した。


「は? どういうこと? 」


「いや、だって。

前の彼女と別れたって聞いてから3ヶ月は、そういう話桐哉さんから聞いてなかったんで… 。

桐哉さんならすぐ次が出来るだろうに、あれ?って内心思ってたんですよ。

さっそく、気になる女の子見つけたんすね。」


僕は先程より大きめの、「は? 」を後輩に返してやった。


「ちゃんと聞いてたん?

道端に立って、見ず知らずの人間に笑いかけてる女だよ。

そういう意味の気になるじゃないから。

あとさ。

別れたからハイ次って言うの、俺は無理なんだよ。

まだそんなん早いわ。」


後輩は、ふーんという表情をしながら言う。


「それって別に悪いことでもなくないですか。

怒ったり睨んだりしてる訳じゃないし。

笑顔を向けてくれるなんて、むしろイイコじゃないですか。 」


「… 悪いとは言ってないけどさ。

あれは関わっちゃいけないタイプだよ。

めんどくさいレベル越えてるね、完全に。」


この話はここまでという合図に、僕は腕時計を確認する。

あと2分程で電車が来る。


「でも、可愛かったんですよね? 」


ニヤつきながらの後輩の質問に、僕は答えなかった。

まったく。

こいつは変に察しがいいんだよな。

可愛いかったよ、たしかに。


「いいも悪いも、気になるならとりあえず声かけてみたらどうですか?

意外にマトモかもしれないですよ。」


後輩がそう締めくくった所で、ホームに電車が到着する。

込み合っているその車輌に乗り込むと、二人とも黙ったままつり革をつかんだ。



なんだってこいつが、強めにあの子を推すのかわからないが。

たぶん面白がってるだけだろう。

人から聞く変わった人間の話は、想像が含まれるぶん、実際に会うよりも好奇心を刺激される気がする。


… だけどまあ、そんなに言うなら。

偶然に見かけることがあれば、声くらいかけてもいいかもしれない。


僕があの女の子と次に会えたのは、後輩の言葉にまんまとその気になったこの夜から、1カ月後だったけれど。




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