真下くんの恋 10

  • 2018.04.19 Thursday
  • 23:13






あれは、私のスピード失恋から1か月後のこと。

12月に入ったばかりの金曜日だった。

真下くんから、携帯にメッセージが来た。


『とつぜんで申し訳ないんだけど

今日そっちに泊まらせてもらえない? 』


ん?私はちょっと驚いて、『どうかした? 』と返す。


『親と口ケンカしちゃって。』


真下くんが親とケンカかぁ・・。

ふだん穏やかな真下くんみたいな人って、一度火が着くと、けっこうガンコになったりする。

それだけ我慢していたってことだと思うし、発散するのは悪いことじゃない。


『ちょっと待ってて。』

私はそう打ってから、今度は仕事中のお母さんにメールする。

『お母さん、おつかれさま。

真下くんが親とケンカして、プチ家出したいみたい。

今日、泊まらせてあげてもいい??』


10分後に来たメールは

『了解。ご両親には連絡すること。

戸締まり用心、火の用心。』だった。


今夜はお母さんの勤めてる会社の忘年会で、帰りが23時をまわるのはわかってる。

私は、ひとりきりの夕食を何にしようか… って思案していたけど

真下くんが来るなら鍋がいいかも、と思い付く。


『お母さんいいって。おいで。』


私は、着ているパーカーの上に分厚いダッフルコートを羽織った。

近所のスーパーに向かうべく

おサイフを片手に、(夕食代はお母さんからもらっていた)寒い夕暮れの住宅街を、なるべく背筋をのばして歩く。




鍋は水炊きにした。


グツグツと音をたてて煮える、鶏肉やネギ、ニンジンやお豆腐や白菜。

柚子ぽん酢の入ったお皿にうつすと、鶏肉からでた油が、そこに美味しそうにとけ込む。


今日の真下くんは、あまり箸がすすまないみたいだ。

この家に来てからもしばらく、カーキ色のダウンを脱ぐこともせず、ぼぉっとソファに座っていた。


「お鍋あんまり好きじゃなかった? 」


私が聞くと、真下くんはハッとしたようにこちらを見て、「ううん。」と首をふる。


「ごめん、せっかく作ってくれたのに。」


「全然いいんだけどね。

私が食べたかったんだもん。」


そう言いつつ、この分だとシメの雑炊は食べれないかなと、ちょっと残念ではある。


「僕、高校卒業したら、家を出ようって決めたんだ。」


突然の真下くんの言葉に、私は箸を動かすのを止めて、彼を見つめる。

「そうなんだ。」  という相槌が、思うより遅れて出てくる。

大学や専門学校のために家を出る友達は多いし、そんなに驚くことでもない。

でも真下くんは、『働くんだ』と言う。


「就職するの? どんな仕事? 」


「… いや、そういうのはまだわからないけど。

なんとかなるかな、って思ってる。」


私は「・・ふうん。」とうなづきつつ、真下くんらしくない気もしていた。

もちろん、なにかしらのアルバイトをしながら、一人暮らしをするのだっていい。

でも、なんでも慎重に決めてから行動する真下くんにしては、行き当たりばったりな感じもする。



「一一実は私もね、進学は考えてないの。

お母さんはとりあえずでも、どこかに入ってから考えてもいいんじゃないって言うんだけど

なんか、そういうのはいいかなって気がして。

経済的に余裕があるならそれもアリだけど、そうじゃないし…  。


私の頭にあるのは、おじさんのやってる小さな書店のことなんだ。

私はあそこが好きだし、おじさんも、『モナミが働きたいなら歓迎するよ』って言ってくれてる。」


真下くんは、今日はじめての笑顔になって言った。


「いいね、それ。

好きな所があるなら、そこで働けるのが一番いいよ。」


「うん・・。

でも、そんなんでいいのかなって思ったりもするよ。

私たちって、今はまだよく知らない世界に向かって飛び立つような年だし

そうしたいって気持ちが強い方が、なんかカッコいいよね。

大きな夢に向かって、ひたむきに頑張れる人みたいな。


生まれ育った街の、しかも親戚のおじさんのやってるお店で働くのって

なんていうか、つまらない人生のような気がしちゃう。

一一だけどそれって、結局は、周りの人と比べてるだけかもね。

そんな風にも思う。」


私はぽつりぽつりと、ちょっと遠慮がちに話した。

本当は、真下くんの話をちゃんと聞いてあげなきゃと思っていたから。

真下くんはそのあいだ黙ったままだったけど

「僕、実は… 」 と、真顔になって口を開いた。


「僕の場合は、やりたいことがあって。

美容師になりたいなと、前から思ってたんだ。」


「え? 美容師?  いいじゃない。

真下くんに、合ってる気がするよ。」


私は急に楽しい気持ちになって

手をつけなくなった鍋の火を止めて、真下くんに言う。

鍋の野菜たちは、すでにトロトロに溶けていた。


「そうかな一一、うん。


モナミさんの話だけど、僕はその方向でいいんじゃないかって思うよ。

周りと比べて焦るとか、そういうのって誰でもあると思うし。

あと、甘えみたいな気がするとか。

でも、なにが大変でなにが楽とか、そういうのは本人にしかわからない。


なにかを成しとげようと頑張るのはカッコいいけど、それは人から見たら小さなことだっていいよね。

夢に、大きいも小さいもないと思うよ。

キレイゴトじゃなく。」


真下くんの言葉を、私はテーブルに頬杖をつきながら、でも真剣に聞いた。

そうして『うん』と、深くうなづく。


「美容師のことだけど、父さんはあんまりいい顔をしてない。

家を出るってこともね。

なんだけど、今回のケンカはそのことでぶつかったわけでもないんだ。

そこまで反対されてるわけじゃないし。

自分でも、じゃあなんだって言われると困るんだけど… 。」


「真下くん・・、もしかしたら反抗期? 」


私がそう言うと、真下くんはキョトンという顔をした。


「第二次反抗期。そういうお年頃なんじゃない? 」


「ちょっと待ってよ、なんだか上から目線。」


クスクスと笑いながら抗議する。


「悪いけど。

女の子の方が精神的な成長は早いの。」


私はフフンと、少しおおげさな笑顔で返す。

真下くんは「あっそ。」  と、肩をすくめるのだった。




読後感のざわざわ

  • 2018.04.19 Thursday
  • 00:30



ある小説を読み終わったとき。

あきらかに感動していて、あきらかにこの話が好きで。

だけど、心の奧の方で、ざわざわとした胸騒ぎのようなものを感じるときがある。

ネットでそれを読んだ人たちのレビューを読むと、そのざわざわは少しだけおさまってくれる。


それにしても、これってなんなんだろうと思った。

読後感が単純に良いものだけじゃないのは、別に小説自体が暗いストーリーであるとか、胸に突き刺さるようなエグい描写があったから、なんて理由でもない。


この胸騒ぎは、その小説のなかに自分がいるせいなのかもしれないと、ふと考えついた。

小説の中で登場人物が語る心のうちが、秘かに抱いていた自分の心情とシンクロしていて、それがなんだか怖い。

怖いというのは、誰にも知られるはずのない自分の感情がそこに描かれてるとか、そんな妄想ではもちろんなくて。


優れた小説は、少なからず読む人をそんな気持ちにさせるんだと思う。

(特に、自分と相性の良い作家の作品は。)

心の細やかなヒダまですくい取るように、ずっとどこかに巣くっていたモヤモヤとした何かを具現化してくれる。

『あー、わかるわかる。私もそう思ってたしそう感じると思う。

・・あれ? 思ってたんじゃなく、そんな気がするだけかな。』

この辺は微妙だけど、ともかく共感してしまう。


自分とはまったく違うキャラクターや状況でも、こういう人はそういった行動をするだろうと納得したり

そうか、こういう人ってそんな捉え方をするのねと、発見できるのが嬉しい。

いろんな種類の人間が出てこなければ、物語の広がりはないだろうから。

これがプロなんだなとため息が出る。人間観察力半端ないです、って。



何が怖いのかと言えば、自分のアイデンティティがおびやかされるような気がするから。なんじゃないかなぁ。

自分の中にある特別に思えた感情。

自分だけがそう感じると思っていた事柄。

そこに触れられると、秘かに抱えていた辛さや苦しさや淋しさを癒してくれるので、とても嬉しくて有り難い気分になる。

孤独によりそういっぴきの子犬みたいに、かけがえのない存在にだってなり得る。


(ポジティブでハッピーなお話は、みんなのこうなったらいいな、という願望を叶えてくれる。

だから楽しい気持ちになれるし、前向きにがんばる後押しをしてくれる。

でも、それによって自分の願望があまりにあからさまになると、ちょっと恥ずかしくなってきたりもする。笑)


大事なアイデンティティが揺らぐこと。

その辛さや苦しさや淋しさは自分だけのものであって、そうでなければ自分が自分でいる意味がない。

マゾヒストでもないけれど、自分のネガティブな感情だって、自分を支えてきた一部分でもあるのだ。


・・と言っても、その感情が、自分だけの特別なものでないのは分かりきったこと。

作家が描いたそれを、沢山の人々が自分と同じように感動しているのだから。

なのに、なんだか少し悔しい気もするんじゃなかろうか。してやられた感。

ざわざわ・・。



それを追い越すようにやってくる、驚きと喜びがある。

ある感情を人と共有することができた安心感と

一方で、気づかなかった内なる自分について

『そうなんです!そこなんです。』

まるで、素晴らしい熟練のマッサージ師さんが、深いところのコリ(感情)を見つけてくれたような感覚がする。

『自分ではなんとなくモヤモヤしていただけの部分だったけど、ちゃんとそこにあったのか。』


見つけてくれたことで、そこにコリがあることはわかったわけだし、それを煮ようが焼こうがは自分次第。

そうして、そのコリ(感情)はとてもじゃないけど簡単に消えるものじゃなく、消えないままいつまでも付きまとうかもしれない痛みなのだ。

(その辺でやっぱりざわつく。笑)

明確になったことで痛みはより強く、その存在を主張するかもしれない。

でも、だからこそ、物語は人の心を成長させてくれるのかな。


人生に存在する痛みについて。

小説の中の登場人物は、それぞれ自分の解決方法を見つけようと奮闘し、実際にそれを探し当てる。

または、見つけられそうな兆しをこちらに示してくれる。

それが知りたくて、人は物語を求めるような気がする。

小説を読むことで、自分の内側が多少ざわついても、やっぱり欲するんだと思う。そういうものを。


こんな感覚、誰かが共感してくれたら嬉しい。





  • 2018.04.17 Tuesday
  • 18:37






雨は、孤独よりも繋がりを感じさせる。


今降りそそぐ雨粒たちは、この地域のあらゆる生きものを濡らしているのだ。

犬も、鳩も、小さな雨蛙も。

大きな街路樹、庭先のツツジ、道端の草花。

老若男女たくさんの人々。

エライ人、そうでない人。

健康な人、患っている人。

今日という日にラッキーだった人、アンラッキーだった人。


体の表面に雨水を染みわたらせ

軒先でからだをふるわせながら

傘をはじくリズミカルな雨音を聞きながら

やれ嬉しい、やれ困ったもんだと空を見上げている。


もちろん雨に対して、無関心を決めこむ人だっている。

カーテンを開けることも忘れ、テレビに雨音をかき消されれば、(雨量が生活を脅かすものでなければ )

気がつくことすら、ないかもしれない。


しかしそれでも、雨は湿度となって忍び込んでは知らせてくれる。

私たちはもともと、ジメジメとした温かい場所から生まれて来たということを。




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