結婚前夜1〈キミカ〉

  • 2018.02.13 Tuesday
  • 19:54





〈キミカ〉




「ヒナコ、元気だった?」


「…うん、キミカちゃんも?」


「そうだね、うん。」



私の声は、少しだけ震えていたかもしれない。

もう二度と話すことはないと思ってた、友達との電話。

ヒナコの声を聞くのは5年ぶりだった。


昔の番号じゃつながらなかったり、出てくれないかも、というのもあった。

もしかしたら、そっちの方が良かったかもしれない。

でも、決めちゃったから。

あのことを話さなきゃって。

じゃなきゃ

私の中のモヤモヤした気持ちが解消されることはないんだ。

この先ずっと。


冷蔵庫のなかに垂れたケチャップみたいに、固まってからじゃ面倒になっちゃうもの。

そんなの、私は身にしみてるから。



こんなときでも

小さいのに良く響く、ヒナコの柔らかい声にホッとしてる自分がいる。


この子ってほんと、なにもかも可愛らしいんだ。


友達でいたころは、ヒナコのそんな過剰に女の子らしいところ

弱々しい感じに、ちょっとイラッとしたり

同時に、まるで男にでもなったみたいに守ってあげなきゃとか思ったり。


女としてどこかうらやむ気持ちと、友達として大切にしたい気持ちが、同居していた。

ヒナコといると。

けっこう複雑だったんだ。

もちろん、私が勝手に複雑にしていただけ。

ヒナコは元からこういう子なのだ。

天然で、可愛らしい。



ヒナコとは、同じ女子短大で仲良くなった。

私たちは、他にも何人かの女の子を交えて、一緒に行動することが多かった。

同じ授業に出て、食堂でランチをとって。

学校からの帰り道に、ファーストフードやファミレスで意味もなく同じ時間を過ごす。


2年生の夏休み。

卒業後の進路が決まっていて、のんびり組だった私とヒナコは

一緒に飲食店のアルバイトをした。

夏休みだけの短期のバイトで、ふたりともホールの仕事だった。

そこに、タカフミがいたのだ。

私たちよりひとつ年上の大学生。

タカフミは調理担当だったけど、たまにホールの手伝いもしていた。

それで、私たちは自然と距離が近くなり、3人で遊んだりするようになる。


学校のために地方から出て来た私は

東京という場所に、まだあんまり慣れてなかった。

実のところ。

本当には、いつもどこか心細かったんだと思う。

タカフミも、ヒナコと同じ関東圏の人で。

だから当然だけど、この場所にいることになんの気構えもない。

それが私にとって、なんだか頼れる感じに見えたのだ。

今となっては、そんなこと思わないんだけどね。


それに彼は、他の男性とはちょっと違って見えた。

ファッションでも、話す内容でも。

流行っていることとは別に、自分独自のものを持ってるような気がした。

内にこもりすぎないけど、外に出しすぎもしない。

そんなバランスが、私は好きだった。


私はヒナコに、タカフミのことを好きかもしれないって伝えた。

そのときのヒナコの様子は、今考えてみれば、ちょっとおかしかったのだ。

でも、彼女はなんにも言わなかった。

そういう子なんだ。

ヒナコは、相手が傷つくことを、自分の口から決して言わない。


その、私が傷つくことっていうのが

ヒナコとタカフミがその時もうすでに、お付き合いを始めていたってこと。

そういうこと。


なのに、私はバカみたいに、ヒナコにタカフミへの気持ちを打ち明けていたわけで。

だけど、これだけだったら、私もあんなに深く傷つかなかった。

そうじゃなくて…。

ヒナコは身を引いたのだ。

私のために。

それでびっくりすることに、タカフミは私を受け入れた。

ヒナコが私のことを、タカフミに薦めたから。


「キミカちゃんは、いい子だよ。

私じゃなくて、キミカちゃんと付き合ってあげて。」


たぶん、そんな風に言って…。


私は全然知らなかった。

だから。

付き合い始めて半年がたった頃、タカフミの口から直接聞くことになる。


「キミカ。

知らなかったと思うけど、俺とヒナ付き合ってたんだよ。

キミカとの前に、少しだけ。

でも、俺フラレちゃって。

ヒナは、キミカのほうが俺のことを好きだって言うんだ。

だから自分はもう会いたくないって。

それで…、それに、俺もキミカのこと好きだったしね。

うん。だから、そうした。

だけどさ、やっぱりヒナのことが気になって…。」


タカフミは辛そうに、車の助手席に座る私に話した。

それは、タカフミがお父さんから借りていた車で。

私たちは、何度もその車で遊びに行った。

半年のあいだ。


タカフミは優しい人だった。

私に対しても、恋人としてするようなことは全部してくれた。

ヒナコも友達として、私のことを気遣ってくれた。

自分の恋人を手放してまで…。


この、誰も悪くない感じ、なんなんだろう。

しいていえば、私が一番『いらんやつ』だった。

ふたりの気も知らないで、自分の我を通したやつ。

そういうこと。


「ヒナと、連絡だけは取り合っていたんだ。

ヒナはあんまりいい顔しなかったけど、俺がしつこくしたんだよ。

それで昨日、やっぱりやり直したいって言った…。

それで…。

キミカ、ごめん…。」


運転席で、うつ向いたまま固まっているタカフミに

私はなんて返事をすればいいかわからなかった。

わからない…、ほんと。




「ヒナコ、久しぶりに電話したのは…。」


「うん。」


「タカフミが…。」


「…うん。」


「タカフミと結婚おめでとうって言いたくて。」



それから、どんな風に電話を切ったんだっけ…。

緊張していたせいか、うまく思い出せない。

(こういうとき、私ってけっこう小心者なんだな、と思う。)


言えなかった。

ううん、言わずにすんだ。

言わなくて良かったに決まってる。

あのことをヒナコが知ったからといって

タカフミとの間に、取り返しのつかないほどの亀裂が生じるかなんて

そんなことはわからなかった。

それでも。



だけど、私が抱えているモヤモヤは一体どうすれば…。


……うん。

これはもしかして、受け入れるべきモヤモヤなのかもしれない。

なんにだって、白黒ハッキリつけられるわけじゃない。

人生のなかで、未消化のまま残ってしまうもの。

それでいいもの。


言わなくて良かったんだ、きっと。





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